「二癈人」(江戸川乱歩)

「その罪」と「思いもよらない真実」

「二癈人」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩傑作選」)新潮文庫

湯治場で出会った二人の癈人。
戦争で
見るも無惨な姿となった斎藤と、
かつて犯した犯罪によって
心を病む井原であった。
井原はその罪を
斎藤に告白し始める。
だが、
それを聞いた斎藤の口から、
思いもよらない真実が…。

「その罪」とは…、20年前、
井原がまだ学生であった頃、
持病である夢遊病の発作中、
下宿の老主人を
殺めてしまったというものです。
彼は無罪判決を受けるものの、
そのショックで若隠居となり、
廃人同様の生活を送っていたのです。

夢遊病とは睡眠中に
発作的に起こる異常行動のことで、
睡眠時遊行症や夢中遊行症というのが
正しい名称のようです。
アルプスの少女ハイジが
山を下りてフランクフルトで
生活したときに起きた症状も
夢遊病でした。
この夢遊病、
江戸川乱歩は本作以外にも
「夢遊病者の死」で使用していますし、
横溝正史「妖説血屋敷」「夜歩く」等で
題材にしています。
発作中は自分の行動を
まったく記憶していないのが
この病気の特徴です。
つまり、無意識のうちに他人の命を
奪っていたというのが
井原の苦悩なのです。

では、「思いもよらない真実」とは…、
ネタばれになってしまうのですが、
その「夢遊病の殺人」が、
実際は他の誰かに
仕組まれたものの可能性が高い、
というものなのです。
斎藤は一つ一つ
丹念に解き明かしていきます。
井原が夢遊病であることを
「見た」ものは一人しかいないこと。
夢遊病はその「一人」から、
井原が思い込まされたものである
可能性の高いこと。
夢遊病の証拠とされた
落とし物や拾い物(盗んだ物)は、
他人が忍び込めば
造作なく捏造できること。
一度噂が立てば、
周囲は何でもそれに結びつけて
考える習性があること。
そこから導き出されることは、
その「一人」が殺人事件の真犯人であり、
井原は無実の罪を
着せられたのであろうこと。

と、筋書きを紹介してしまえば
元も子もないのが推理小説なのですが、
このあとさらに
意外な終末が用意されています。
それが本作品の肝と言えます。

最後の台詞となる
井原の悔恨が秀逸です。
「おれというおろかものは、
 手も足も出ないで、
 あの男の手前勝手な憐憫を
 ありがたく
 頂戴するばかりじゃないか」

文庫本にして
わずか20頁足らずの短篇作品です。
その中で井原と斎藤の
息づまるやり取りが絶妙です。
現代のミステリーの物差しからいえば
及第点には遠く及ばないものの、
これこそが推理小説の原点なのです。

※本作品は本書新潮文庫だけでなく
 光文社文庫でも読むことができます。

(2018.11.11)

【青空文庫】
「二癈人」(江戸川乱歩)

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